【ヤクルト】新投手コーチ確定 斎藤隆の現役時代と引退後の生活を解説!

新投手コーチに齋藤隆氏が就任確定!!!

斎藤隆はヤクルトにはあまり馴染みがないですし、どんな現役生活だったのか、引退後は何をしていたのか軽くご紹介していきます。


プロ入り後8年間は先発

あまり知らない僕としてはリリーフのイメージが強かったのですが、

1991年にプロ入りしてからしばらくは先発として投げていました。

1996年には初の2桁勝利をあげる10勝(10敗)をあげたものの、

1997年に遊離軟骨除去手術を行い1シーズンを棒に振ります。

翌年1998年には見事復帰し13勝5敗と横浜のリーグ優勝・日本一に貢献しました。


飛翔王に二度輝く

96年、99年にそれぞれ31、32被本塁打を浴び2回飛翔王となっています。

実にヤクルトらしい成績ですね。これはヤクルトのコーチ適正がありそうです。


佐々木メジャーで抑え抜擢

2000年から横浜の絶対的守護神・佐々木主浩がメジャーへ行ってしまった結果、

抑えで固定できる選手がいなくなってしまいした。

そこで白羽の矢が立ったのが斎藤隆で、

2001年から森祗晶監督から抑えに命じられます。

27セーブ 防御率1.67と転向は成功し、翌年も抑えとして活躍しました。

2003年から先発に復帰するも、その年あたりからあまり活躍できなくなってきました。


36歳にしてメジャー挑戦

2005年に100イニングほど投げるも防御率は3点台後半、3勝4敗と活躍ができなくなってきた斎藤隆。

メジャーで投げたいという夢を叶えるためにメジャー移籍を希望しました。

しかし36歳と高齢で前年もあまり活躍ができていないことからなかなか移籍先が決まらず、

結局ドジャースとマイナー契約を結ぶことに。

開幕前にAAA行きにされてしまいましたが、

当時のドジャースのクローザー・ガニエが4月初めに怪我で離脱したのを機にメジャー昇格。

昇格後から好投を続け、5月からはクローザーに抜擢されました。

最終的には72登板 防御率2.07 107奪三振でサイ・ヤング賞8位にランクイン。

翌年には防御率1.40 39セーブと日本時代に見せた衰えを感じさせない圧倒的ない成績を残しました。


メジャー4球団で活躍

ドジャース、レッドソックス、ブレーブス、ブルワーズと渡り歩き、

いずれも防御率3点台を上回ることのない安定感抜群の活躍を見せました。

ちなみにブレーブス時代の2010年、アニメ「MAJOR」の6期・メジャーリーグ編をメジャーリーガーとして監修しました。

OPかどこかに「監修 斎藤隆」みたいなのが書かれてた気がします。

2012年ダイヤモンドバックスにも所属しましたが、怪我の影響であまり登板できずNPB復帰となりました。


楽天日本一に貢献、そして引退

43歳になった斎藤隆は2013年楽天でNPBに復帰すると

30試合 2.36と好投を続けチームの初優勝・初日本一に貢献。

翌年も同じような成績を残しましたが、2015年には衰えを感じ45歳で現役を引退しました。


パドレスで勉強

2015年秋からプロ野球球団の編成を学ぶため、パドレスでインターンとして編成業務を始めました。

2017年からはパドレスのアドバイザーとして正式にチーム編成、若手の育成などに携わっています。

パドレスのアドバイザーをやめてヤクルトの投手コーチって・・・

もし確定したらこんな泥舟に乗ってくれてありがとうのひとこと。


投手コーチ経験は侍Jのみ

2016年の侍ジャパン強化試合で投手コーチをやっただけで、ほぼ未経験らしい。

投手コーチ適正があるのかどうかはよくわからない。

メジャーで5球団も渡り歩き、アドバイザーまでやった経験を活かしてうちの投手陣を立て直してほしいですね。


高津ともメジャー繋がりで交友関係にあるらしいので、うまくやってほしいところ。


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